July 2009

2009年
7月5日
(日)
【ヨーロッパより遠い都内からの土産モノ】
 7月です。 例年この時期は「紫陽花」、「七夕」と「博多祇園山笠」が定番なのですが、 今年は取材の時間がない! そこで先月から引きずっている小笠原ネタをもう1本。

タイ同様、暑いところは辛いモノが発達する

 今回現地で購入してきた土産物3点。 「唐辛子味噌」と「からいっしょ」、そして「からいっす」です。 まぁ、ネーミングが素直でイイですね(笑)。

 暑いところの食文化は似てますねぇ。 タイでも唐辛子を魚醤(ナンプラー)に漬けたもの(=ナン・プリック)や、酢に漬けたものがあり、麺類〜バーミー・ナム(スープ麦麺=タイ式ラーメン)やパッタイ(タイ式焼きそば)〜などの薬味(?)として、 レストランや屋台ではテーブルに置いてあります。

 それでは、それぞれの土産物を当サイトの付属研究所に持ち込んで、お得意の「分析」をしてみましょうか。

 【唐辛子味噌】
あったかご飯に!というキャッチフレーズのとおり、オススメです。
小笠原の塩も使ってあり、ミネラル分豊富(?!)

 【からいっしょ】
激辛の硫黄島産唐辛子を父島で栽培して醤油に漬けたモノ。
焼肉のタレなんかにピリ辛成分で入れるといいのでは?

 【からいっす】
こちらは唐辛子を酢漬けにしたもの。 鯵の南蛮漬けなんかに良さそう・・・。

 ということで、今回の小笠原プチ放浪記も今日まで。 最後に「恒例」の参考文献をご紹介してオシマイです。 2か月に亘って(笑)ご高覧有難うございました。


一般的に入手しやすいガイド本
「ブルーガイド」

小笠原のガイド本は極めて少ない。 勿論「地球の歩き方」にも無い。 調べた限りでは本書が最も入手しやすいガイド本と思われる。

書 名ブルーガイド てくてく歩きG
 伊豆七島・小笠原
編 集ブルーガイド編集部
発行者増田義和
発行日2008年2月15日 第4版第1刷発行
発行所実業之日本社


おがさわら丸の船内で入手した
「小笠原ハンドブック」

上のガイド本では物足りなかったので他に探していたら、おがさわら丸船内の売店で売られていた。 発行所は、離島関係の出版物を手がける鹿児島市の南方新社。  本書には小笠原の歴史、文化、海の生物、陸の生物などの解説がある。

書 名小笠原ハンドブック
 小笠原シリーズ2
編著者ダニエル・ロング、稲葉 慎
発行者向原祥隆
発行日2004年9月30日 初版第1刷発行
発行所株式会社南方新社


2009年
7月19日
(日)
【夏風邪?喉が痛〜い日々】
 今年の7月は博多祇園山笠の飾り山や舁き山も見られず、何となく「締まらない」文月です。

 先週の週末、栃木の「那須のご用邸」に泊まりで行ったのですが、どうもそれから喉を痛めて、ずっと不調が続いています。 いや、別に一晩中カラオケを歌ってた訳ではないのですが・・・。

 2〜3日で治るだろうと高をくくっていましたが、状況は好転しなかったので、遂に先週の金曜日に医者に行って薬を貰ってきました。 この薬が眠気を誘うので、この3日間、暦どおりの営業ですが、 薬のせいにして、暑い中をゴロゴロしています。


2009年
7月26日
(日)
【偉大なる篆刻家・松丸東魚先生の特別展を観覧】
 今日の東京は夏らしい暑い一日、でも先日の日記のとおり「締まらない」文月で、日記も進みません。

 喉の方は何とか元に戻りました。 でも、部屋が暑くてエアコンを入れると、クシャミが止まらず・・・。 まぁ、春先や秋口に急に気温が下がった時に同じ症状が出現するので、似たようなモノでしょう。

 そうそう、トップページをご覧のとおり、弊サイトも 190,000アクセス に到達することができました。 これもひとえにご高覧戴いている皆さまのお陰、厚く御礼申し上げます。

久し振りの国立新美術館(港区六本木)

 さて今日は、久し振りに港区六本木・東京メトロ(地下鉄)乃木坂駅直結の国立新美術館に足を運び、毎日書道展の特別展示「篆刻家松丸東魚の全貌」を観てきました。

毎日書道展特別展示「篆刻家松丸東魚の全貌」

 松丸東魚(まつまる とうぎょ:本名・長三郎)先生は、1901(明治34)年東京生まれ。 1934(昭和9)年、33歳の時に篆刻家として自立され、1975年に永眠されるまで、戦前・戦後に亘って日本の篆刻界をリードされました。  また、今年で61回を迎える毎日書道展の繁栄に大きく寄与された方です。

 生涯、師を持つことなく、ひたすら中国の古印(特に秦、漢の時代)を手本に刻した印は330顆に及びます。 また、生涯に刻した印は1万顆を越えると言われており、まさに篆刻に捧げた人生そのものです。

 今回の展示では、中国の古印を手本に刻した印をはじめ、これまで多くの書道展に出品された作品の数々、また一般の依頼による刻印などのほか、篆書を中心とした書作品や生前集めていた文物(印譜:古印コレクション集や中国の歴代能書家の掛け軸など)など、 数多くのものが展示されており、見応えがありましたね。

 特記すべきは、戦後の1952(昭和27)年頃から着手した「東魚文版」という木活字の製作で、生涯に刻成した木活字は 15,000 とも 20,000 ともいわれています。 これは、当時の漢字制限や常用漢字の制定に反撥した活動とも解釈されているようです。

 2005年3月 と、2008年11月 の日記で紹介した梅舒適先生同様、日本の篆刻界の重鎮だった松丸東魚先生の作品に触れることができ、心洗われた日曜日でした。