Report 43b

バンコクの新名所?
穴場的三寺院 (3)
【ワット・スタット】
鳥居のような赤いブランコ台(サオ・チン・チャー)が象徴的なワット・スタット

 正式名称は「ワット・スタット・テープワララム・ラチャウォラ・マハ・ヴィハーン」,一般的には「ワット・スタット」と呼ばれています。  場所はバムルン・ルアン通り(タイ語では「タノン・バムルン・ルアン」)沿いでバンコクの都庁舎の真ん前,前ページのワット・サケットからは南西に歩いて10分ほどのところです。

ワット・スタット北側のバンコク都庁舎

高さ21mの大ブランコ台,サオ・チン・チャー
 ワット・スタットはバンコクでも大規模なお寺の一つで,敷地面積は 44,980平方メ−トル,名古屋ドームとほぼ同じ広さです。 1807年に当時のラマ1世の命により,当時のバンコク中心部にこのお寺の建設が始まりました。

 このお寺のシンボルとも言える巨大な「鳥居」は,サオ・チン・チャーと呼ばれるチーク製の大ブランコ台で高さは 21m。 旧暦の2月にヒンズー教の神への奉納として,僧侶が乗った大ブランコを揺する儀式が行われていましたが, 墜死する僧侶が後を絶たなかったことから,1930年代半ばに当時のラマ7世が儀式の禁止を命じたため,現在ではこのブランコの台しか残ってないとのことです。

 ところでヒンズー教と仏教は,全然関係無いような印象を受けますが,南アジア〜東南アジア方面の歴史や宗教を具に勉強すると,意外にも密接な関係があることに気づかされます。 アンコール・ワットに象徴されるクメール遺跡の寺院は, ヒンズー教の寺院として建てられました。 それは当時のクメール王朝の宗教がヒンズー教を支持したからです。 タイが国家として12世紀に成立する前はクメール王朝の勢力圏内であったため,現在でもタイ各地にクメール遺跡の寺院が多く残されています。 タイではその後, アユッティヤー王朝が仏教を国教としましたが,ある意味多様な考え方を尊重する風潮が強いタイでは,今でもヒンズー教の思想が色濃く残っているのです。 トウモロコシにも似たワット・アルンやアユッティヤーのクメール様式の寺院の跡は,そんなヒンズー教への思いの表れなのかもしれません。

 日本でも,ヒンズー教と仏教は意外なところで結びついているもので,例えば大黒様はシヴァ神の化身であるとか,弁財天はヒンズー教の代表的な女神であるサラスバーティに由来するなどという伝説があるのですよ。

 閑話休題。 都庁前のサオ・チン・チャーに面する門から境内に入ってみましょう。 各種ガイドブックやサイトの中には,このお寺の入場料は「無料」と紹介してあるところもあるようですが,2004年10月に行った時には入場料は20バーツでした。 ただこの入場料がクセモノで,確かに「無料」で入ろうと思えば入れないことはありません。  というのは,この入場料は門を入って右側の建物の中で売られており,チケットを購入した後は誰もチェックしていないからです。 他のお寺に較べると訪れる人も少ないので商魂に気合いが入らないのも判りますが,このような場所ですからねぇ。 タダ見したら,後で罰が当たるかもしれませんよ。


ワット・スタットの本堂(左),19世紀前期の木彫りが美しい入口(右)

 門を潜って境内に入ると,大きな本堂が聳えています。 この堂は南北の長辺方向が 26.25m,東西の短辺方向が 25.84m の大規模な建造物です。 本堂の入口には,ラマ2世自らの細工によるものといわれる美しい木彫りがあり, 中にはラマ1世が1808年5月にスコータイのワット・マハタートから運ばせたという,幅6.25m,高さ8m のプラ・シーサーカーヤムニーという仏像が安置されています。  この仏像の台座には1946年に崩御されたラマ8世の遺骨が納められており,また境内の東北角にはラマ8世の等身大の銅像も建てられています。


礼拝堂を取り巻く回廊に並ぶ仏陀像(左),境内の中国式石像(右)

 本堂を取り巻く回廊は南北方向98.87m,東西方向 89.6m の長さで,ここに 156体の仏陀像が並んでいます。 また,この本堂の周りには中国様式の28体の石像や庭園のような石のモニュメントも並んでいます。

 この本堂はワット・スタットのほんの一部です。 時間がある方は南の方に回って,広大な境内を散策してみては如何でしょうか。 ガイドブックなどに紹介されている割には案外訪れる人が少ないこの寺院もまた, 落ち着いたひとときを過ごすことができる「穴場」かもしれませんよ。(2004年11月記)


ワット・スタットの20バーツ(2004年10月23日現在)の入場券