Episode 3
ほどよい不衛生 
 初めてタイを経験した日本人の中には,概してタイは「汚い」と思っている人がいるのではないだろうか? ホテルのレストランや外国人観光客向けの土産物ショップなどは, 綺麗にしているが,通り沿いの屋台や郊外の小さな「食堂」みたいなところなどは,日本と比較すると,ちょっと問題有り? しかし,そんな環境でも同じ人間が問題なく生きているわけだから, これは環境に順応するかしないかの差ではないだろうか。

 確かに日本は,世界的に見ても綺麗な街だと思う。 日本では概ね,ゴミは綺麗に片づけられ,上下水道は普及しているし,水道の水もそのまま飲料に適する。 病害虫も恒常的に駆除されているし,伝染病の予防接種も受けることができる。  医療も発達しており,体調が悪ければ医者に診て貰うことも薬を入手することも簡単にできる。

 こういう一種「無菌社会」の日本から外に出れば,個人差は確かにあるだろうけど,食事や水にあたったり虫に刺されて発熱することなんて,半ば当たり前と思っていいだろう。 なぜなら,日本ではそのような抵抗力が全く身に付いていないからである。

 「汚い」ことがいいという訳ではないが,例えば野良犬が水たまりの水を飲んでも生きていられるのは,彼らにそれなりに抵抗力があるからだろう。 衛生環境が整備されることは,ある意味では文明の発達なのかもしれないが, 違った視点で視ると,我々人間の抵抗力が徐々に弱くなっていくことを意味しているのではないだろうか。 自らの抵抗力を維持するには,ほどよい不衛生状態が必要で,その意味では現時点のタイは恵まれた環境にあるのでは?と思うのは,筆者の独断かな。

食あたり対処法 
 胃腸の強さは人それぞれだけど,日本を出た先で食事や水にあたって腹を下すことは,一般に珍しいことではない。 2002年1月の日記 に残っているとおり, 筆者もバンコク滞在中には何度か「見舞われ」た。

 前項のとおり「無菌社会」で体調が悪くなると,薬に頼ったり医者にかかったりしがちだが,生活環境が変化した時にきたす体調の変化は,身体が環境に馴染もうとしているプロセスと捉えることもできる。

 特に海外の地に到着直後の数日間は,一般的に体調の変化〜特に腹下し〜を起こすことが多いが,このような場合は無理に止めようと慌てて下痢止めなどの薬を飲まない方がよい。 脱水症状が起きないよう水分を摂ることは当然だが,海外では水道水は避けて,市販のミネラルウォーターを強く奨める。  ただヨーロッパ方面では,市販のミネラルウォーターにガス入り(=炭酸水)のものが売られているので,買う時には注意が必要。 大抵は同じボトル・同じラベルで,ガス入りとガス無し(=俗に言う「普通」の水)で色違いのデザインであることが多い。

 それでは自分の身体をチェックしてみよう。 まずは食欲があるか否か。 食欲があれば,暫くは消化がいいものを食べてみる。 タイだったら「クルアイ」(バナナ)や,コメの粉で作った細い麺を鶏ガラスープのラーメンのようにした「センミー・ナム」, やはり鶏ガラスープで味付けしたお粥:「カオトム・ガイ」などがいいだろう。 「センミー・ナム」も「カオトム・ガイ」も優しい味で辛いものではない。

 次に汗をかくか,オシッコが出るか。 同じ腹下しでも汗をかいてオシッコが出ていれば,腸から体内に水分が吸収されているので,あまり心配ないだろう。 食事や水の変化で腸内の細菌バランスが変わったようなものだから,数日で「慣れる」ことが多い。

 しかし,食欲が無く汗もオシッコも出なければ,マトモじゃない。 現地の風土病(マラリア,デング熱,コレラなど)に罹っていることも考えられるので,医者にかかることを奨める。 海外の大都市や,タイの場合はバンコクやチェンマイなどであれば,英語や日本語が通じる病院がある。  日本を出る時に海外旅行傷害保険に入っていれば,保険証書と一緒に貰える小冊子に保険が使える病院がリストしてあるので,そこに行くといい。 バンコクの場合は,日本人向けに日本語が話せる医者や通訳を準備している病院もあるほど。

 海外では体調を崩しがちなので無理なスケジュールは慎むとともに,自分の身体は自分でチェックし,管理することが重要だ。 ここに挙げたのは健康管理の一例であり,体調不良時にどんな薬を飲むか,医者にかかるか否かなどは最終的に自分自身で決めるべきである。

泰厠事情
 トイレは,世界中どこへ行っても避けて通れない必須アイテム。 欧米のトイレは日本の洋式トイレと大差ないので,敢えて紹介するほどでもない。 しかしタイのトイレ事情はちょっと違ったので,メインページに「タイのトイレ事情」を早い時点でアップした。 このページは好評を博し,バンコクを離れて地方を旅した方から役に立ったというメイルを戴いた。

 タイ語ではトイレのことを「ホン・ナーム」という。 この「ホン・ナーム」,直訳すると:ホン=部屋,ナーム=水となり,『水の部屋』ということになる。

 上記の「ほどよい不衛生」のコラムに反すると思われる向きもあるかもしれないが,タイの人達は綺麗好きである。 人によっては日に何度も水を浴びるなど,清潔を好む。 家の近くに河川や池があればそこで水を浴びるが,家の中では,この「ホン・ナーム」で水を浴びるというわけである。

 『水の部屋』故,紙などあるわけがなく「処理」の全ては水,コトの後には,水で洗い流すことが基本なのである。 日本では最近こそウォッシュレットが普及しつつあるものの,トイレットペーパーが主流であるのは周知のとおり。 タイのトイレ事情をアップした背景は, 読者の皆さんがタイの日常の「ホン・ナーム」に遭遇しても,戸惑うことがないようにという思いからだった。

 タイの日常の「ホン・ナーム」,その発想は日本のウォッシュレットの先を行っているといえよう。 〔2005年11月記〕