May 2004

2004年5月2日(日)
 昨日・今日の週末で,「行き残し」だったスコータイに行ってきました。 スコータイはバンコクの北約450kmのところにある街で, タイで初めての王朝が開かれ,12〜13世紀に栄えた歴史ある土地であります。

 家族も日本に帰って週末は何をするか? 感動を共有できない輩がいないのは寂しいものですが,これまでにアンコール・ワットをはじめとして,プラサート・ムアンシン(カンチャナブリ)カオ・プラ・ビハンピマーイシーコラプーム,そして最後のページのワット・チャイワッタナラームと, なぜかクメール遺跡〜アンコールワットに代表されるカンボジア風の遺跡〜に惹かれてタイのあちこちを彷徨いました。 そして,まだ行ってなかったのがスコータイというわけです。 いやぁ,綺麗なものでした。 アユッティヤーのような感じでありながら, もっと落ち着いた感じ。 今度は家族を連れて行こうかな。 スコータイの旅の記録「も」そのうちアップしましょう。 (これで「そのうち」が,いくつになったことやら...?)

左:世界遺産のひとつスコータイ国立公園 右:今回味わった「最高」の機内食

 で,今回の旅で一番感動したこと! それはスコータイからの帰りの飛行機の機内食です。 スコータイからは 11:55 発のバンコク・エアウェイズでバンコクまで(飛行時間は,ほんの40分ほどですが)帰って来ました。 バンコク・エアウェイズはタイの航空会社の一つで, タイ国内や近隣諸国の各地を結んでいます。 その中にはアンコールワットやルアンパバンなど,歴史遺産があるような街も含まれています。 これまでに何度か利用しましたが,機内食は『それなり』だったので,あまり期待してなかったのは正直なところ。  今日もスコータイの空港で昼食を摂ってから飛行機に乗ろうかとも考えましたが,「バンコクに戻って,日本食レストランでうどんでも食べればいいやぁ」と安易な気持ち(?)で乗り込みました。

 無事に離陸して機長がシートベルト着用サインを OFF にすると,短いフライトの中,慌ただしく機内食が配られます。 見慣れたパッケージの「弁当箱」,手をつけまいかとも思いましたが,せっかく払った飛行機代に含まれている〜いやぁ,小市民ですねぇ!〜んで, 食べる気になるものだけでも口に運ぼうかと開けたところが,上の写真です。 遺跡を見て回って過ごした暑い午前中,少し疲れ気味で食欲も中途半端。 その気分にピッタリの機内食が,蓋を開けて出てきた「バーミー・ヘン」(写真の右下の「ヤキブタ」のようなものが乗っている麺)なのです。

 この「バーミー・ヘン」は,ラーメンのような黄色い麺を茹でて,スープを入れずに甘辛いタレと肉・野菜を少し入れたもので,焼きそばのような脂っこさが無く,またラーメンやうどんのように汁が無いので,胃がもたれにくい食事です。  今日みたいに中途半端で,食べたいような・食べたくないような... といった時には,ピッタリ。 量も適度で写真を撮ったが最後,思わず全部平らげてしまった! 一緒の入ってたプチケーキ(写真の左下)も甘すぎず,バナナチップ(写真の左上)もカフェーのお供に最適。

 この機内食,他の人にとっては大したことない「フツゥ〜」のものだったかもしれませんが,今日の私にとっては「最高」の機内食で,気持ちよくバンコクの地に降り立ったのであります!


2004年5月5日(水)
供用開始間近のバンコクの地下鉄 Sukhumvit駅
 今日はタイでは国王戴冠記念日で国民の祝日。 雨季が近いのか朝から雨がシトシト,時々ピカピカ・ドッカ〜ンと雷さんも野外コンサート活動開始の時期が来たようです。

 今日は何をするでもなく,久しぶりにフリーな1日。 4月24日に転居した「新居」の周辺をウロウロ。 既に出来上がっているバンコクの地下鉄駅に行ってみました。 といっても, まだ中には入れないので外からの取材のみ。 この写真がバンコクの地下鉄駅の入口です。 豪雨による「浸水」を考慮して,かなり嵩上げしてあります。  話では地下には各所に強力なポンプも備えているとか...。

 4月中旬に「試乗会」があったらしい〜編集部は試乗会の取材をし損ないました...汚点?〜のですが,早くも車両のブレーキ故障で煙を吹くなどの「初期障害」が露見した模様です。

 この地下鉄,公式には王妃誕生日の8月に供用開始とのことですが,一部では6月に繰り上げとの情報も飛び交っています。 さ〜て,ホントウの供用開始はいつになるんでしょうかねぇ。  恐らく「その時」には,もう編集部はバンコクのオフィスを畳んでいるのでは? と少し残念な展開を予想しているのですが。

 このところ冗長な書き込みが続いたので,今日はサラッと,これで終わりです。  


2004年5月11日(火)
タイ最東端,ラオスが目の前の Pha Taem
ここからの眺めはこちら
 タイでの「人生」も残り少なくなった今日この頃,編集部もリストラによる人手不足で,いや邪魔者がいなくなって(?!),少しばかり寂しい日々を送っております。

 さて,先週末は地元のタイの方に誘われて,バンコクから 500km 東のウボン・ラチャターニーという街までドライブに出掛けていました。  道なりに辿れば往復 1500km,途中ピマーイカオ・プラ・ヴィハーン,そしてタイ最東端の Pha Taem や,ラオス国境のチョン・メグの街にも立ち寄り, 3日間でタイはもとより,ラオス,カンボジアの3か国を巡るというツアー。 地続きの国境がある国ならではの旅です。 まぁ,どこも一度行ったところではありますが,まさかもう一度行くなんて夢にも思ってなかったので,いい「復習」になりました。 バンコクを離れても, 暫くはこのページのネタに困らない程度の写真を撮ってきましたが,さ〜ていつになったら,これらの写真をまとめるんでしょうねぇ? 編集部に聞いておきましょう。


2004年5月16日(日)
イラク情勢について講演された橋田さん(左) 会場では100人以上が聴講した(右)

 昨日5月15日(土),このサイトではお馴染みの橋田信介さんの講演会がバンコクで開かれました。 (橋田さんの紹介ページはこちらをご覧下さい)   お得意のイラク情勢についての内容で,日本人拉致事件の背景やイラクの現状,そして今後について,13日にバンコク入りされたばかりの橋田さんが判りやすく解説され, 会場に集った 100人以上の皆さんもご満悦の様子。 

 橋田さんとは,日本からバンコクに来る時に一緒でしたが,その数日後イラクに行かれたようです。 4月30日には日本で「報道ステーション」に出演された〜このサイトの読者の方からも連絡を戴きました, ありがとうございました〜そうで,講演に先立ってそのときのビデオも紹介されました。 ご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。


2004年5月19日(水)
 今日は帰ってくるのが遅かったので,夕食は久しぶりにサービスアパートメントのルームサービスを頼んでみました。 ここに来てすぐの頃に, 生活の要領が判らずに何度か頼んだことがあったのですが,その時の疑問も晴らしたかったから... というのも,今夜の夕食をルームサービスとした理由です。

 部屋にあるルームサービスのメニューを追っていくと,
というのがあり,その中に
というのがありました。 もともと,この手のものは嫌いじゃない。 丁度ご飯ものも食べたかったし,鳥インフルエンザももう忘れられた頃(笑)だし... というので, 一発奮起して頼んでみました。

 そして程良く待った頃に「ピンポ〜ン」と部屋に出前されたのが数週間前。 持ってこられたものを見ると,どうも違う。 鳥釜飯のイメージじゃないのです。  味噌汁も付いてる。 でも,これって出汁が効いてなくって美味くない。 この時は不安1/3,落胆1/3,そしてもう一度頼んで解明してみようという期待1/3 で夕食を終えました。

 さて「どうも違う」から数週間,1/3 の期待を解明する日がやってきました。 早速メニューを開き,前回の「どうも違う」を見つけ出し,ルームサービスに電話をします。 「アオ,ルームサービス カップ(ルームサービスをお願いします)」 とタイ語で切り出し,英語とチャンポンでオーダーします。 「トリ カマメシ,ガウスィップ・チェッ ナ カップ(鳥釜飯,97番です)」と言うと通じてます。 「ローサックルー カァ(暫くお待ち下さい)」と返事があり, 電話を切りました。 さ〜て,どんな鳥釜飯が来るかなぁ? 前と同じかなぁ? いや,前のオーダーはひょっとしたら間違ってたのなぁ... などと,好き勝手に妄想に耽ります。

 「ピンポ〜ン」... 来たよ,来たよ,来ましたよ。 レストランのおネェちゃんが持ってきてくれた。 はいはい,こっちね と,テーブルの上に置いて貰ったら,
ガ〜〜ン! やっぱ前と同じ。 やっぱこれが TORI-KAMAMESHI だったんですかぁ。 こらどう見ても「チキンかつ丼」ですな。 味も確かに鶏の味だ。

 ということで,今日 2004年5月19日は,【4月25日に紹介した日本人マネージャもいるバンコクの某サービスアパートでは,ルームサービスの TORI-KAMAMESHI鳥釜飯でなく, 「チキンかつ丼」であることが改めて実証された記念すべき日】でした。


2004年5月20日(木)
 タイは,宗教の自由が認められている国です。 国民の大多数は仏教徒(上座部仏教)であるため,皆さんご存知のとおり仏教のお寺が無数にあります。  また,テレビやラジオでは各地の高僧のお話がよく流されています。


あちこちで見かけるモスク
 仏教の次の多数派はイスラム教でしょう。 日本ではあまり馴染みがないモスクも,バンコクの街ではあちこちで見かけます。 仏教のお寺とはまた違った雰囲気で,曲線が美しい建物です。

 イスラム教はタイでも南部,特にマレーシア国境のナラーティワート,ヤラー,パッタニーの3県を中心とする地域で多く信仰されていますが,タイ政府の諸政策に不満が燻っており, 昔から分離独立を求める組織と政府との間で,小規模な紛争が絶えない状況が続いています。

 ちょっと暗い話になりましたが,今日の写真は,バンコクで編集部が取材した中でも美しい部類に入るモスクです。 知人のアパートのすぐ近所にあります。  コーランが流れる時は,さぞかし賑やかだろうと尋ねたら,コーランよりも朝の鶏の方がウルサイとのこと。 バンコク市内にも,鶏が目覚まし時計代わりのところがまだ残っているようです。


2004年5月23日(日)
久しぶりに澄んだ空気のバンコクの夕暮れ
 21日(金)と 22日(土)の2日間,バンコクでは珍しく陽が差さない一日でした。 朝から雨がシトシト,日本の梅雨を彷彿させる雰囲気。 いつもだったら一日中殆ど晴れてて, いきなり空が暗くなり,1〜2時間スコールのような雨に雷と共に見舞われたかと思えば,その後はウソのようにまた日差しが戻るってのがパターンなんですけど。 その反動か,今日は一日中よく晴れてました。 雨がなかったせいか,雨季特有の蒸し暑さが無い爽快な(でも暑かったけど)一日でした。

 さて,賢明な読者の方々はすでにお気づきと思いますが,アクセスカウンタが 5000 ヒットを越えました。 どうやら小泉首相が平壌から帰ってきた 22日(土)の夜に 5000 アクセスを迎えたようです。 4000 ヒットを記録したのは3月6日,今回は 77日で 1000 ヒットを数えたので,このサイトの人気がジワジワと牛歩の如く上がっているのでしょうか?  どこかの景気動向ではありませんが,「上向きに転じた」な〜んて判断するのはまだ時期尚早でしょうかね(笑)。 何はともあれ,5000 ヒットまでこぎ着けることができたのも,ひとえに読者の皆様のご愛顧の賜物,深く感謝するとともに, 今後も変わらぬご愛読(いや,暇つぶしか?)をお願いいたします。

 実はこの 28日(金)の夜に「本格的に」日本に帰ることになりました。 バンコクにいる間に 5000 ヒットを迎えられてよかったぁというのが正直なところです。 日本に帰ったら,ネットの構築に少しばかり時間がかかりそうなので, このサイトの更新は今までにも増してサボリがちになるかと思いますが,環境が整い次第「復活」しますので,今暫くお時間を下さいませ。


2004年5月30日(日)
 今日は写真無しです。 先の日記のとおり,28日(金)の夜にバンコクを離れ,翌29日(土)の朝に日本の地を踏みました。  バンコク発は深夜だったにもかかわらず,お世話になった皆さんに見送りに来て戴きました。 どうも有難うございました。

 このサイトでご紹介している橋田さんの一件もあったので,帰国を迷ったのではありますが,『最終確認が取れない限り自分は信じない』との思いで予定どおり帰国しました。  しかし,夜行便の飛行機の中で殆ど眠れなかったのは事実です。

 橋田さんの件は,機を改めてアップします。